無実の星野文昭さんを取り戻そう!東京北部の会

5・23狭山デー都内統一街頭行動、池袋でも

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5月23日、無実の石川一雄さんの再審開始を訴える街頭宣伝が、都内4カ所で行われ、東京北部労組交流センター、星野文昭さんを取り戻す東京北部の会などの仲間も狭山駅に通じる池袋駅西武口前でスタンディングとチラシ配布などを行いました。

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無実の石川一雄さんが不当逮捕された1963年5月23日から丸57年。埼玉県狭山市で起きた女子高校生誘拐殺人事件の犯人にでっち上げられた石川さんは、この権力犯罪を弾劾し再審無罪へ不屈に闘っています。
「狭山再審行え!」のボードとマイクアピールに道行く人の注目度抜群。ビラを見て引き返してきた若い男女など、再審署名が9筆。狭山市民の方もいました。事件当時教師だったという男性は「これで変わるといいね」と声をかけてくれました。

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狭山裁判は、半世紀以上前の「昔の話」ではありません。今現在の国家犯罪を暴くたたかいです。
石川一雄さんの家の鴨居から「発見」された万年筆が有罪の証拠とされたのは有名な話ですが、これが偽物である動かぬ証拠が出されています。下山鑑定です。
下山鑑定は、インクの成分の色素分析(第1鑑定)・元素分析(第2鑑定)で、被害者の物とされた万年筆が偽物であり、ねつ造されたものであることを科学的に暴きました。

それに対して検察側は反証できないところにまで追い込んでいます。今年3月の3者協議の場で、検察は下山第2鑑定への鑑定での反証を断念し、意見書のみで反論すると言い出しました。
科学的な真実を突きつけた下山鑑定に反証ができないのであれば、直ちに再審を開始し、石川一雄さんに無実判決を下すべきです。
それをしないのは、安倍首相の「お友だち」黒川検事長を検事総長に据えるためのみに定年延長をしようとしている安倍政権の暴挙と一体です。

今日の池袋街宣には、手製のボードをもって一緒に座り込んでくれた方がいました。星野闘争やふくしま共同診療所にもカンパをしてくれているそうで、すばらしい出会いでした。

また、近くでは部落解放同盟練馬支部の皆さんも訴えておられました。
毎月23日には欠かさず街頭でアピールされている長年の闘いに敬意を表し、写真を紹介させていただきます。
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石川一雄さんは無実だ! 直ちに狭山裁判の再審を開始しろ!

「自粛」攻撃を突き抜け、星野文昭絵画展を練馬で開催

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コロナ対策に名を借りた安倍首相の「自粛」要請=強制の中、3月5日から9日まで東京・練馬区での星野絵画展を開催しました。

安倍の公立学校「一斉休校」要請=強制に続くカラオケなど人々が集まる場を奪う「自粛」は、公共施設や図書館の休館となっています。今、安倍首相がやっているのは福島の原発事故による放射能被害の実態を覆い隠してオリンピックを招致したように、日本でのコロナの流行の実態を隠してオリンピックを強行しようと言うウソとペテンで塗りかためたデタラメのオンパレードぶりに見えます。

このような安倍首相の自粛要請は自らの政策の失敗を隠して強権を持って事態を乗り切ろうと云うことではないかと思います。さらにあわよくばこの事態を利用して緊急措置で私たち労働者の闘いを抑え込みものの言えない社会、戦争のできる社会に変えてしまおうと言う悪辣な意図に貫かれたものです。

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東京で同時期予定の絵画展が会場休館で中止にされているなか、練馬区立勤労福祉会館は、そこまでにはなっておらず開催することはできましたが、会館内のトレーニング室などはやはり休止で、利用者は通常の半分にも満たない数でもの静かでした。
しかし、年配の方を中心にした会館利用者の方々は、展示スペースで足を止め、「柔らかいタッチだね」と見入っていました。そして星野さんの年表を見ながら「自分も三里塚に行ったよ」「女子学生が街頭のレンガを割ってくれて機動隊に投げたよ」などと語っていく方が次々現れてびっくり。「三里塚の裁判をしていた弁護士を知っている」と言う満蒙開拓団の引き上げのおばあさんも。また、星野さん奪還の意見広告を覚えている人や会館内で行われていたスポーツ振興の会合参加に来て「自分は袴田さんを支援している」と誇らしげに語ってくれた元ボクサーの方などとも和気あいあいとした論議の輪ができました。4月に行われる「棘」上映会チケットも売れました。

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地域には星野さんと同じ時代を闘った思いと安倍への怒りが満ちています。今回、コロナ騒動で地域へのビラ入れはほとんどできなかったにもかかわらず、充実した5日間となりました。

「非常事態宣言」発令の攻撃に対して、それに屈して従うのかそれとも星野さんが繰り返し言っていた「人が人らしく生きられる社会」を目指してこの社会を変えるために闘うのかが問われています。今まで以上に団結を強くして声を上げ、「自粛」を打ち破って絵画展と星野再審を闘っていきましょう。

音楽につつまれた星野文昭さん追悼絵画展~丸尾めぐみさんライブ

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「星野文昭さんは私たちの中に生きているとの思いが、益々強くなった」。丸尾めぐみさんが、絵画展フィナーレライブで、台風が近づくなか詰めかけた50人近くに向かって語りかけました。

星野文昭さんの絵に囲まれて、牧師だったお父様の思い出の歌や「あの坂を登って」などの至近距離からのピアノと歌声に圧倒され、幸せな時が流れました。
 会場となった練馬区江古田にあるギャラリー古藤とはもう6年にわたるお付き合いで、お向かいの武蔵大学名誉教授である従兄弟の星野誉夫さんが必ず顔を出してくださります。愛知で開催が中止にされた「表現の不自由展」が催されてきた場でもあります。

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 9月6日~8日に行われた今回の絵画展では、5月に行われた「生きているということに関わる大事な自由」展に出品された方々からの友情展示、「十字路で『光』を見た」星野文昭さんの証言を裏付ける証拠提出に尽力してくださった永田浩三さんが差し入れをして下さるなど、星野さんを追悼するとともに再審と国賠請求勝利を誓う新たな出発となりました。

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 大きなスクリーンを使って「獄中44年の闘い」「韓国・テグ訪問記録」を上映。反戦歌・革命歌をピアノとアコーディオンの伴奏で歌い上げる有志による初日のシャンソンライブも好評。「同志はたおれぬ」を皆で歌って星野さんを追悼しました。
東京北部絵画展実行委員会 狩野裕子) 

9月6日(金)~8日(日)星野文昭さん追悼絵画展をギャラリー古藤で開催します

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沖縄闘争を闘い、無実で獄中44年
星野文昭さん追悼絵画展 

とき
9月6日(金)~8日(日)

6日(金)12:00~19:00
7日(土)10:00~19:00
8日(日)10:00~18:00

ところ 
ギャラリー古藤

武蔵大学前(練馬区栄町9-10)

入場無料

〇DVD「星野文昭獄中44年の闘い」「韓国・テグ訪問記録」随時上映

追悼企画
○6日(金)有志によるミニシャンソンライブ
14時〜15時

○8日(日)丸尾めぐみさん(シンガーソングライター)ライブ
「ソリダリティ」「あの坂を登って」など
17時〜18時

主催 東京北部・星野文昭絵画展実行委員会
連絡先 無実の星野文昭さんを取り戻そう!北部の会
豊島区西池袋5-13-10-603 
℡080-1003-0058(藤ノ木)

星野文昭絵画展2019チラシ裏
「人間が人間らしく生きられる社会を」
――星野文昭さんが描いた世界

沖縄ゼネストと連帯した渋谷闘争
星野文昭さんは、1971年11月10日に沖縄で起こった米軍基地を固定化させる沖縄返還協定のペテンに対する基地労働者を先頭にしたゼネストに連帯し、4日後の11月14日の渋谷闘争の先頭で立ち上がりました。その中で機動隊員1名が死亡。高崎経済大学学生としてデモ隊のリーダーだった星野さんは、「殺人罪」でデッチあげ逮捕され、44 年にわたって不当な獄中生活を強いられてきました。
 星野さんの闘いは、基地のない島を求める現在の沖縄の人々の闘いとつながっています。

生涯をかけて戦争反対の先頭に
 「人間が人間らしく生きられる社会を」。星野さんは獄中から無実を訴えるとともに沖縄や福島、パレスチナなどを題材にした絵画作品を発表し、熱いメッセージを送り続けてきました。
 星野さんは昨年8月、収監されてきた徳島刑務所で腹痛を訴えて倒れ、家族や弁護団が原因究明と獄外での治療を求めました。しかし徳島刑務所は医療無視を続け、肝臓の6割をがん細胞が占めるまで放置、エコー検査の結果も隠し続けました。星野さんは移送先の東日本矯正医療センター(昭島市)で緊急手術を受けましたが、翌朝容体が悪化、2日後の5月30日夜に逝去されました。
 生きて星野さんを取り戻す願いはかないませんでした。しかし、お連れ合いの暁子さんとご兄弟が遺志を継ぎ再審請求を続け、国家賠償請求訴訟に踏み切ります。
 星野さんの生涯は、今の社会のあり方を問い続けています。彼が遺した絵画を見て、星野さんの人間性と社会変革にかけた思いを知っていただきたいと思います。

星野文昭さんの無実は明らか。再審勝利を
 7月26日の星野文昭さん追悼集会で、武蔵大学教授の永田浩三さんが追悼の言葉を述べられました(抜粋)。
 私が勤務する武蔵大学前のギャラリーで何度か絵画展をお手伝いさせていただきました。
 武蔵大学名誉教授の星野誉夫さん(文昭さん従兄)とは大学が同じですから、そこで初めてお話を聞き、そのご縁で再審の証拠として使っていただく映像作りに関わりました。
 私の前の職場はNHKです。現場とされているNHKの西門、梅澤米店のあたりは私の勝手知ったる場所です。11 月の3時過ぎあたりに、NHKの坂を車が降りる時、何度も車のフロントガラスに明かりが当たって、まぶしかったことを体験として記憶しています。
 星野さんは核抜き本土並みがいかに欺瞞に満ちたウソで固めたものであったかという事を先駆的に訴えたと思います。


星野文昭さん プロフィール
1946.4.27  札幌市で生まれる
1966.4月  高崎経済大学に入学
       不正入試阻止闘争に参加
1971.11.14  沖縄返還協定批准阻止闘争に参加(機動隊員1名死亡)
1975.8.6   デッチあげ「殺人罪」不当逮捕
1986.9.17  暁子さんと獄中結婚
1987.7.17  最高裁で無期懲役確定
2009.11.27  第2次再審請求書提出
2013.9.8   『獄壁を超えた愛と革命-星野文昭・暁子の闘い』発刊
2017.7 月  服役30 年に
      「仮釈放」を四国更生保護委員会に計15 回申入れ
2019.3.25  更生保護委員会、不許可決定
2019.4.18    昭島市の東日本成人矯正医療センターに突如移監
      検査で肝臓の腫瘍が明らかに
2019.5.28  肝臓ガン切除手術
      翌朝容体が悪化。2日間に及ぶ生きるための闘いを続ける
2019.5.30  午後9時44分逝去。享年73歳


星野さん追悼、獄死弾劾 7・5法務省デモに参加しました

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5月30日、無実の政治囚・星野文昭さんが亡くなりました。
星野さんは沖縄返還協定批准阻止の71年渋谷闘争を闘い、殺人罪をでっち上げられ、無実で獄中44年を強いられながら、生涯、不屈・非転向を貫いぬきました。
「人間が人間らしく生きられる社会の実現を」と訴え続けた星野さんの遺志を引き継ぎ、再審無罪への闘いが始まりました。

7月5日、星野さんの命を奪った法務省を怒りのデモで包囲する行動が行われ、平日にも関わらず320人が集まりました。私たち「無実の星野文昭さんを取り戻そう!東京北部の会」も休暇をとって駆け付けた労働者をはじめ参加しました。

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連れ合いの星野暁子さんが発言。
文昭さんの遺志を引き継いで再審請求人になると宣言し、「文昭が残してくれたすべてを生かしきり、人間が人間らしく生きる社会をつくるために頑張りましょう。無念を晴らすべく国家賠償請求訴訟に立ち上がり、第3次再審請求裁判に勝利しましょう」と訴えました。

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全員が喪章をつけてデモに出発。

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法務省前で青年がマイクをとってシュプレヒコール
「星野文昭さんを殺した責任を取れ!」「命を奪った法務省弾劾!」「国家犯罪を許さないぞ!」「星野精神を継承するぞ!」
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星野文昭さん追悼
獄死・国家犯罪を許すな!

7.26全国集会に集まりましょう!
09-7.26-01

7月26日(金) 午後5時開場 午後6時開会
杉並公会堂・大ホール

東京都杉並区上荻1-23-15
電話03-3220-0410 JR中央線荻窪駅北口徒歩7分

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最後に、翌日の星野再審連絡会議総会での星野暁子さんの発言を紹介します。

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文昭の葬儀から1カ月、本当に長い時間が流れたように思います。私は星野文昭の無実を明らかにするための再審請求人になる者として、文昭が生涯をかけた、人間が人間らしく生きられる世の中を求める闘いの、すべてを引き継ぐ者として皆さんの前に立っています。
 星野精神の継承という時、それが何なのか、一緒に生きている文昭に問いかけながら考えています。一つは、人間に対する信頼です。文昭は人間の本質を他者との共同性と位置づけていました。私を心から信頼し、仲間を信頼し、労働者民衆が必ず立ち上がることを信じ、その確信が揺らぐことはありませんでした。
 二つは、人間解放のための準備を日々怠らなかったことです。革命家として生きたということです。まず学習です。その日のために自分を磨いておかなければならないと言っていました。大好きな絵も、その優先順序を変えようとはしませんでした。
 三つは他者への優しさです。そして、正しいと思ったことを率先して実行することです。言うべきことは、刑務所当局にはっきり言い、食事の配膳をする受刑者の負担を考えて、おかゆの申し出をなかなか決断しなかったぐらいでした。
 四つは、どんな仕事に対しても腐ることなく全力投球したことです。かばん作りの負担が文昭の肉体をむしばんだことを考えると本当に悔しいです。文昭の姿勢はいつもそうでした。
 この全体を貫いて沖縄への連帯があったことは言うまでもありません。
 これからやるべき闘いとして三つあります。一つは、国家賠償請求訴訟です。昨年8月、徳島刑務所で文昭が倒れた時、「胃けいれん」などとして1日休んだだけで翌日から仕事を強制されました。原因を追求する検査がなされていれば、もっと肝がんが小さいうちに、リスクの少ない治療ができたはずです。3月4日、エコー検査が行われましたが、結果は4月17日まで文昭に知らされませんでした。更生保護委員会には知らされたのか。仮釈放決定にかかわる問題です。そして4月18日に移監になった昭島の東日本成人矯正医療センターで11㌢×14㌢の巨大な肝がんを切除する手術は2名のみの執刀医で行われました。万全な態勢だったのか。術後の態勢はどうだったのか。国賠で文昭の無念を何としても晴らさなければなりません。
 二つは、殺人罪でっち上げを明らかにする第3次再審請求裁判です。申立人には私がなります。弟の修三さん、兄の治男さんも申立人になると言っています。大坂裁判を星野裁判の継続として闘い、その地平に立って、再審勝利を勝ち取りましょう。
 三つは、安倍政権打倒の闘いです。労働者民衆の怒りを欺いて、改憲・戦争の道を敷き詰めている時、私たちみんなが星野文昭になって闘うことは重要です。
 文昭がたった一人、無期懲役刑になり苦しんでいたころ、私は一緒に生きようと言って獄中結婚をしました。文昭は共に生きた33年の中で、そのことを片時も忘れませんでした。「もう一度生まれてきても、僕は暁子とみんなとの団結を生きる。後悔するものは何もない」。それが文昭が残した言葉なのです。
 文昭の精神は、手術前の最後の1日さえ意欲満々でした。生かしてやりたかったです。危篤になってからも、文昭は力を出し尽くして生き抜き、私と手を握りしめ、抱きしめあって、すべてを成し終えた安らかな顔で旅立ちました。
 文昭が残してくれたものは、くみきれないほど大きいです。200を超える絵も残っています。書簡集も作りたい。それを生かすのは私たちです。悲しみを乗り越えて、皆さん、頑張っていきましょう。
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私たちの紹介
「改憲・戦争阻止!大行進」運動(呼びかけ:西川重則(とめよう戦争への道!百万人署名運動事務局長)、花輪不二男(世田谷地区労顧問)、森川文人さん(憲法と人権の日弁連をめざす会)、動労千葉・関西生コン支部・港合同などの労働組合)の呼びかけに応え、東京北部地域(練馬区/板橋区/豊島区/文京区/北区)での実行委員会を結成し、活動しています。

◎呼びかけ人 五條敦(とめよう戦争への道!百万人署名運動・東京北部連絡会代表:板橋区)/岡田英顯(「君が代」被処分者:北区)/高橋浩(東京一般労組東京音楽大学分会長:豊島区)/一陽会労働組合(練馬区)/一般合同労働組合東京北部ユニオン(豊島区)/NAZENいけぶくろ(豊島区)/無実の星野文昭さんを取り戻そう!東京北部の会(板橋区)

◎連絡先
住所:〒171-0021東京都豊島区西池袋5-13-10-603 東京北部ユニオン気付  
TEL:03-6914-0487 
メール:tokyohokubu-daikoushin@yahoo.co.jp

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