闘いの報告

田中聡史さんへの再処分をするな!都教委要請行動に参加しました

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年の瀬も押し詰まった12月26日、東京都教育委員会(以下都教委)に対する行動が取り組まれました。
度重なる「日の君」処分にも屈せず闘い続ける石神井特別支援学校教論田中聡史さんに対する再処分を狙った都教委の"事情聴取"に対する抗議、要請行動です。

今年3月最高裁で田中さんに対する減給処分取り消しに判決がでて都教委は敗訴しました。本来なら都教委が違法なことを強制したことを田中さんに謝罪し、権利回復の手続きをしなければなりません。ところが都教委は判決から9ケ月も経った12月突如田中さんを事情聴取と称して呼び出したのです。彼らは判決を無視して田中さんを再処分するためです。

 当日都庁第一庁舎のロビーに集まったのは25名。呼びかけた「被処分者の会」、東京「君が代」裁判原告団事務局長の近藤さんの簡単な説明にあと一同会場に向かう。ここで驚いたのは、エレベーターに乗るのにゲートが設置されていたことです。これでは都民に開かれた都庁とは到底言い難い。
会場に着くと、テーブルの向こう側に座る都教委側は、教育庁総務部教育情報課長、同課長代理が対応しました。被処分者の会、同弁護団に加えて、河原井さん根津さんらの「君が代」解雇をさせない会、練馬教育問題交流会の4団体が要請書を提出しました。

都教委抗議行動
 近藤さんはこの場で2つだけ回答を迫る。①生徒への学習権への配慮を欠き、更に翌日登庁せよと性急なやり方に対し、当該が丁寧に状況を説明し、登庁日の変更をお願いしたのに受け入れなかったのは何故か②弁護士を同席させようとしなかったのは何故か、と。弁護団も、かつて学テ判決で大橋判決という有名な判決があるがこの判決についてどう考えるか明らかにせよ、と要求。しかし課長は「所管の部署にあげます」と言うのみで一切回答せず。会場から「課長としての考えはないのか」「都教委を代表してここに来ているんじゃないのか」「答えられないなら責任をもって答えられる者を出せ」等々参加者からの怒りが爆発。

しかし課長は、判で押したように同じ言葉を繰り返す。「都民をバカにするな!」の声も上がる。当該の田中さんも①10・23通達の撤回②通達に基づく職務命令はやめよ③生徒の学習権を保障し性急な呼び出し方はやめよ、と3点に渡って発言。この交渉過程で都教委の傲慢で強権的、理不尽な姿勢が赤裸々となる。

田中さんに呼び出しが伝えられたのは前日の夕方4時過ぎで、校内で校長から言われたという。呼び出し日の当日は生徒の旅行日に当たっており「急に休んだら現場が混乱する」「生徒に影響の出ない日に呼び出し日を変更してほしい」と丁寧に説明したが、校長は聞き入れず、やむなく翌19日都教委にいくと、ドア前に2名が立っていて「今日の呼び出しは処分のための事情聴取だ」と言い放ったとのこと。
田中さんはこの2名に対し弁護士の立ち会いを求めたが、2人は1時間も黙りこくってただ立ったまま。中から上司と思われる年配の男性が出てきて、「処分という言葉は撤回する」と言ったようだ。
しかし言葉を撤回したところで、事情聴取の目的は彼らの口から明白になった。時間も午後5時を過ぎこの日の事情聴取は出来なかったが、都教委内部では田中さんが事情聴取を拒否したと報告されているようだ。

ふざけるな!都教委はどこまで腐っているのか。かつて同じように都教委から事情聴取を受けたという被処分者の女性が「事情聴取のシステムはパワハラだ」と弾劾。会場からの発言を求められ、「ストップ!改憲ねりま懇談会」のFさん(東京北部ユニオン副委員長)も「手続き上の瑕疵がある以上、不当な事情聴取の手続きを凍結せよ」と要求し、「今日は間に合わなかったが私たちも抗議要請文を作成し追って提出する」と伝える。

最後に「教育行政は生徒の学習権を保障することこそが仕事ではないのか」と全員で都教委に突きつける。約1時間の都教委への抗議、要請、そして弾劾の行動となりました。この場でこの間知り合った方たちとも出会うことができました。

今、私達は新しい闘いに踏み出した思いです。改憲・戦争に突き進み、労働組合を一掃し戦後社会の全てをひっくり返し戦前型暗黒社会に引き戻そうとする安倍政治と対峙し、労働者民衆が人間らしく生きれる社会を作っていくために、もっともっと多くの人達と繋がり仲間になって闘いの輪を広げていくこと。これが大行進運動が目指す方向です。
大胆にどんどん新しい仲間の中に入っていきましょう。
(K)

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要 請 書

2019年12月26日

「日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会

東京「君が代」裁判原告団

事務局長 近藤 徹

東京都教育委員会教育長 藤田 裕司 殿

<要請の趣旨>

1.本年3月28日、最高裁(第一小法廷)は、東京「君が代」裁判四次訴訟(一審
原告14名。上告人13名)において、一審原告らの上告を棄却し、戒告処分取消・
損害賠償を求める上告受理申立を不受理とする一方、減給処分取消を認めた東京高裁
判決を不服とした都教委の上告受理申立についても不受理とする決定をした。

これにより、1名・2件(特別支援学校教員)の卒入学式での4回目・5回目の不起
立に対する減給処分(減給10分の1・1月)が取り消され、都教委の敗訴が確定し
た。

これは、従来の最高裁判決(2012年1月16日及び2013年9月6日)に沿っ
て、不起立の回数を理由により重い処分を科す都教委の累積加重処分に歯止めをかけ
たものである。

2.当会・当原告団はこの判決を受け4月15日、司法により「違法」とされた処分
を行ったことを「反省・謝罪」し「再発防止策を講じること」「問題の解決のために
都教育庁関係部署との話し合いの場を早期に設定すること」「本請願書を教育委員会
で配付」し「判決について慎重に検討し、議論し、回答すること」等を求める請願書
を提出した。

3.しかるに貴委員会は12月19日、司法により「違法」とされた減給処分を行
い、教育行政として重大な責任が問われる事案であるにも拘わらず、原告らに謝罪
し、名誉回復・権利回復の措置を講ぜず、再発防止策をも講じることなく、突如とし
て当該特別支援学校教員を「事情聴取」と称して都庁に呼び出した。

これは減給処分を取り消された現職の都立高校教員に新たに戒告処分を発令(以下再
処分という)した事例(2013年12月・7名、2015年3月・1名、2015
年4月・8名、2018年2月・2名)に鑑みると、今回も減給処分が取り消された
特別支援学校教員に対し「再処分」を科すための準備であることは明白である。およ
そ7年前の事案での再処分など到底認められない。

4.しかも、上記事情聴取については、当該教員の授業・学級運営上の都合等に一切
配慮せず、前日に校長を通じて命令で都庁に呼びつけ、しかも対応した都教委職員は
本人からの希望・要請に誠意をもって答えようとせず、いたずらに時間を浪費し、理
不尽な対応に終始した。学校現場の実情を無視し、また事情聴取の対象とされた教員
の人権を軽視し侵害するこのような行為は決して許されるものではない。

そこで以下、緊急に要請するとともに、期限までに誠意ある回答を強く求めます。

<要請事項>

1.処分取消が確定した一審原告らに直ちに謝罪し、二度と「違法な」処分をするこ
とがないように再発防止策を明らかにすること。

2.減給処分を取り消された特別支援学校教員の再処分を行わないこと。

3.都教委は、性急にも前日に「事情聴取」を行なうこと当該教員に伝えたが、「生
徒が早めに下校する月・水・金曜に、または終業式や長期休業日などの生徒に影響が
出ない日に変更してほしい」との当該教員の要望を聞き入れなかった。教育現場の実
態を十分に配慮すべき都教委による現場実態を無視した対応及び生徒に影響が少ない
日程に変更できない理由を明らかにすること。

4.当日、当該教員は事情聴取にあたって弁護士の同席を要求したが、対応した都教
委職員は「弁護士の同席は、都教委の裁量で認めていない」を繰り返しのみで「その
法的根拠を示してほしい」との質問には誠意ある回答がなく、勤務時間が終了し事情
聴取がなされなかった。弁護士の同席を認めない法的根拠を明らかにすること。

5.当日主として対応した3名の担当職員の職・氏名を明らかにすること

6.処分を取り消された原告らの名誉回復・権利回復のために、都教委ホームページ
等での懲戒処分の公表と同じ方法で処分が取り消された事実を公表すること。

この件につき「公表しない理由・根拠を明らかにされたい」との当会からの再質問に
対して「都教育委員会は、他の機関が行った決定や発表等について公表していませ
ん。本件請願に関わる裁判所の決定等についても、公表する考えはありません」(2
019年8月15日付 所管:人事部職員課)と回答しているが、その「理由・根
拠」を明らかにしていない。改めて、質問に正対し回答することを要求する。

7.問題解決のための話し合いを拒否し、教育委員会への要請であるのに「教育委員
会への報告及び教育委員会での審議は行いません」というこれまでの態度を改め、都
教育庁の責任ある職員と被処分者の会・同弁護団との話し合いの場を早期に設定する
こと。また、本要請書を教育委員会で配付し、慎重に検討、議論し、回答すること。

<連絡先>「日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会・東京「君が代」
裁判原告団 事務局長 近藤 徹
      
<回答期限> 2020年1月8日(水)(1月9日・教育委員会定例会前日)。
上記近藤まで文書及びFAXで回答すること。

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2019年12月23日

東京都教育委員会
教育長 藤田裕司様

河原井さん・根津さんらの「君が代」解雇をさせない会

田中聡史さんへの再処分をしないこと

 「君が代」起立を拒否し続けてきた田中聡史さん(石神井特別支援学校教諭)に対する減給1月処分は、最高裁第一小法廷が2019年3月28日、東京都の上告を棄却し上告受理申し立てを不受理したことで、上告人田中聡史さんの減給処分取り消しが確定しました。
 しかし、12月19日、都教委は再処分を前提とした事情聴取をするために田中さんを呼び出しました。今後都教委は、田中さんに対して戒告処分を出すつもりなのでしょう。
 私たちは、都教委が強行している「君が代」不起立処分に心底反対しています。再処分にも反対です。
 「君が代」不起立処分については、2019年3月にILO理事会が、同年4月にはユネスコ執行委員会が、ILO・ユネスコ合同委員会(セアート)の報告・勧告を採択して公表しました。勧告は、「消極的で混乱をもたらさない不服従の行為に対する懲罰を避ける目的」で日本政府と教職員団体との対話を求めており、「消極的で混乱をもたらさない不服従の行為」について懲戒処分を「避ける」べきことを明確に求めています。
 都教委は勧告を無視し続けるのでしょうか。オリンピック・パラリンピック教育では「国際化」云々を喧伝しますが、国際社会が求めるものであっても、自身にとって都合の悪いこの勧告には向き合う姿勢すら見せません。
 都教委は「君が代」不起立処分及び再処分を発令することをやめ、まずは同勧告について、歴史に耐える真摯な論議をすべきです。不起立・被処分者たちが不利益を覚悟してまで不起立をする理由について、都教委には裁判や要請等で届いているのですから、それに真面目に向き合うべきです。
 以上を述べて、下記のことを求めます。

  記
 田中聡史さんに対して、再処分をしないこと。

以上

12月3日「天皇奉迎」の報告 12月3日「天皇奉迎」に子どもたちは動員されなかった!

河原井さん根津さんらの「君が代」解雇をさせない会」ブログより転載

12月3日「天皇奉迎」に子どもたちは動員されなかった!

 まずは、今回は子どもたちが動員されなかったことを、喜び合いたいと思います。
 4月23日に天皇が退位の報告に昭和天皇の墓を訪れた際、二小、横山二小、浅川小の子どもたちが「日の丸」の小旗を振らされ「天皇奉迎」に駆り出された件で、八王子市民有志は「天皇奉迎に子どもを動員することに反対する八王子市民の会」を結成し、市教委、八王子奉迎会実行委員会(奉迎会実)、町会自治会連合会(町自連)、市協働推進課、3校の校長に問題点の追及並びに12月3日の即位の報告の際に再び子どもたちを動員しないようにと申し入れをしてきた。
 3日が近づいた先週半ば、3校の校長と市教委に問い合わせたところ、校長は市教委から情報を「受けていない。立たせるつもりはない。」と、市教委は「情報を提供していない」とのことだった。2校の校長は接客中とのことで、夕刻再び電話を入れようとしていた矢先、両校長が私に電話をくれたのだった。お二人とも非常に明るい声だった。
 市教委には毎日問い合わせた。2日19時の返事は、「市道路交通部長名で、『3日の9時から12時は安全に気を付けるように』とのメールが市教委に届いたので、それをそのまま全小中学校に転送した。」「4月のときは、斉藤指導担当部長名で〈参加の有無、参加人数、小旗についての希望〉を市教委に報告するよう書いたが、今回はどうしたのか」と訊いたところ、「今回は書いていない。そのまま転送した」。3日の朝、「学校から質問や報告は上がったか」と訊いたところ、「何も来ていない」とのことだった。
 今回は子どもたちを動員することはないとは踏んだが、沿道の観察もしておくのもいいかと思い、3校前に数人ずつで監視に立った。
 二小北側の20号バイパス近くには「八幡囃子連」「千人町」「小宮」などと書かれた5台もの山車がお囃子を繰り出した。山車の関係者は張り切って見えたが、小旗を手にした地域の一般の人はそれほど多くはない。黒ずくめの公安のほうが多かったのではないか。9時半頃、私がカレンダーの裏に「天皇奉迎しない!」と書いた紙(37㎝×50㎝)を掲げたところ、まずは「警視庁」の者2人が「ここにいる者は反対派か。危ないから中に入って」と私の前に立ちはだかり、私は倒された。歩道にいるのに、だ。しばらくすると公安2人がやってきて、私の腕をつかみ宙づり状態にして歩道から5~6メートル中に置き、私の体を自分の体で押し続けて私を歩道に近づかせなかった。90㎏ほどありそうな筋肉質の屈強な体躯だ。天皇夫妻の車が通り過ぎた9時45分頃まで押さえつけられて、私の右腕から肩にかけて痛みが出た。帰宅し、フライパンを持とうとしたら、痛みが走った。私に対して公安が行った暴力行為は、同行した仲間が映像を記録してくれたので公開したい。
 天皇の車が通りすぎると、沿道に来た近所の人たちは、互いに感想を出し合うのでもなく、そそくさと帰って行った。こんなものなのか、と思った。私とAさんはその後、浅川小に向かったのだが、60代と思しき女性が電話する声が聞こえた。「(天皇夫妻の車が通る際に)お巡りさん、『手を振ってください』って言っていたよ。」と。二小から西八王子駅までの1㎞弱の甲州街道沿いの商店街で、「日の丸」の小旗を掲げていたのは、わずか1軒。4月のときは見ていないから比較はできないけれど、今回は萩生田議員や町自連からの働きかけがなかったか少なかったのではないかと思った。
 さて、私とAさんに対し、公安4人が尾行し電車に乗り込んだ。駅で上り電車に乗ったBさんにも2人の尾行がついたという。10時半、浅川小前で私たちは6人になる。公安は最終的には34人に。住民は沿道に来ていない。市道路交通部の情報によれば、天皇夫妻は12時には八王子市から姿を消す、ということ。なので、私たちは11時45分まで浅川小、4月に天皇が立ち寄ったみころも霊堂前にも行って待ち構えたが、天皇夫妻の車は通らなかった。
 横山二小に行った人の報告でも、子どもたちは動員されなかった。甲州街道側の門の前に行ったCさんの話では、校長と副校長が門の前に来たとのことだった。Dさんからの報告は次のよう。
「9時18分頃横山二小着。Cさんたちとは別に甲州街道の反対側にいました。
21分頃、「警視庁」の腕章を着けた私服がいろいろと聞いてくる。双眼鏡でシジュウカラがいるのを見ていたのを、マンションをのぞいていたのでは、ということでの職務質問。「原発廃炉」のマークをつけているのは左翼だ と決めつけ(左翼という語をはっきりと出しました)、だから怪しむのは当然 との論理立てのようです。氏名 住所 何処に行く ポケットの中を見せろ などなど 「いろいろお訊きしたいので交番のほうへ」などなど。「令状があるなら行きます」「令状があれば見せます」
10時ごろ天皇の車列が通り過ぎる(どれに天皇が乗っているのが分からなかった)。
分かっただけで8名の私服警官にかこまれていたのだが、それが解かれて西側(陵のある方角)に行こうとすると2名が前をふさぐ。逆側に歩きヤオコー(スーパーマーケット)の西側から川側に行くと人通りもないが、明らかに2名はつけてきている。木の観察で止まると6名くらいに取り囲まれ、亦いろいろと聞いてくる。
身の危険を感じヤオコーの正面に向かう。ほんとにやくざまがいの言葉遣いの警察官がいるのには参りました。
所属と氏名を聞こうとしたが言わない。知り合いの弁護士事務所にその法的な事柄を訊こうとしたが弁護士は不在でした。家まで警官を引き連れて行くのもいやなので、そこに12時過ぎ、天皇が帰るまでいました。
私服警察は3名くらいずつ、メンバーは替わる。12時過ぎに「協力ありがとうございました」みたいなことを言っていなくなったので私も家に帰ったのだが。付いてきてはいないと思うのですが…さて…。」
 浅川小に行った私たちの多くは電車に乗り八王子駅で下車。何人もの公安がついてきた。私には3人が。そのまま分かれた人も皆、尾行されたという。
 二小付近にいた公安だけでも100名はいたと思う。天皇車両が通過する随所に張り付いたのだから、千単位の公安、そして警察が配置されたと思う。
 私たちに対する今日の警察権力の対応からわかることは、天皇制に反対する者は「非国民」、少数であっても徹底してその扱いをするということだ。天皇制反対のデモ参加者に対しては、警察による暴行や不当でっち上げ逮捕、極右の暴力容認が頻繁に起きているから、このことはわかってはいたけれど、まさか、10数人の行動にこれほどの労力を費やすとは思いもしなかった。
 「天皇は平和主義者」と言う「文化人」が多くなったが、この現実を知らないとでもいうのだろうか。

 明日は八王子市議会一般質問(10時半頃から)で、4月23日に「天皇奉迎」に子どもたちを動員した件を前田さんが取り上げます。傍聴を呼びかけます。

根津公子

 

音楽につつまれた星野文昭さん追悼絵画展~丸尾めぐみさんライブ

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「星野文昭さんは私たちの中に生きているとの思いが、益々強くなった」。丸尾めぐみさんが、絵画展フィナーレライブで、台風が近づくなか詰めかけた50人近くに向かって語りかけました。

星野文昭さんの絵に囲まれて、牧師だったお父様の思い出の歌や「あの坂を登って」などの至近距離からのピアノと歌声に圧倒され、幸せな時が流れました。
 会場となった練馬区江古田にあるギャラリー古藤とはもう6年にわたるお付き合いで、お向かいの武蔵大学名誉教授である従兄弟の星野誉夫さんが必ず顔を出してくださります。愛知で開催が中止にされた「表現の不自由展」が催されてきた場でもあります。

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 9月6日~8日に行われた今回の絵画展では、5月に行われた「生きているということに関わる大事な自由」展に出品された方々からの友情展示、「十字路で『光』を見た」星野文昭さんの証言を裏付ける証拠提出に尽力してくださった永田浩三さんが差し入れをして下さるなど、星野さんを追悼するとともに再審と国賠請求勝利を誓う新たな出発となりました。

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 大きなスクリーンを使って「獄中44年の闘い」「韓国・テグ訪問記録」を上映。反戦歌・革命歌をピアノとアコーディオンの伴奏で歌い上げる有志による初日のシャンソンライブも好評。「同志はたおれぬ」を皆で歌って星野さんを追悼しました。
東京北部絵画展実行委員会 狩野裕子) 

オスプレイ訓練やめろ! 改憲阻止! 基地撤去! 横田基地へ80人が怒りのデモ

改憲・戦争阻止!大行進三多摩実行委員会ブログの報告記事より転載させていただきます。

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 7月20日、東京・福生市内で「オスプレイ訓練やめろ!改憲阻止!基地撤去!横田デモ」を開催し、80人の参加者が怒りの声をあげました。

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梅雨の晴れ間で蒸し暑くなった午後2時。三多摩労組交流センターの青年の司会で集会が始まりました。

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冒頭、主催を代表して日本機械工業労働組合の山口弘宣委員長が「住宅や職場の上空を飛ぶオスプレイは絶対に許せない。労働者の力で改憲・戦争を止めよう」とアピール。

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続いて、地元から横田・基地騒音被害をなくす会副代表の福本道夫さんが、オスプレイの夜間ホバリング訓練やC130輸送機のパラシュート降下訓練がもたらす騒音被害や落下事故など横田基地の現状を報告し、「黙っていてはいけない。闘い続けよう」と訴えました。

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千葉からかけつけた三里塚空港反対同盟の伊藤信晴さんは、「三里塚も軍事空港反対で横田の住民とともに闘う。9・24請求異議審に結集を」と発言。

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杉並区議の洞口朋子さんは、阿佐ヶ谷再開発問題の公聴会闘争を報告し、「阿佐ヶ谷再開発と横田基地のオスプレイの問題は一緒。労働者の力で社会を変えよう」とアピール。

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最後に、全学連の吉田悠さんが夜の銀座デモへの参加を訴えました。

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集会後、デモ参加者は元気よくデモに出発!

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「危険な訓練ただちにやめろ」

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「学校の上を飛ばすな」

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「静かな夜と空を返せ」

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さらに、参加者の怒りは横田基地を前にヒートアップ。

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「戦争のためのオスプレイいらない」

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「横田基地を撤去しろ」

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「改憲進める安倍を倒そう」

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デモ隊のコールに沿道や建物の窓、対向車からは大注目です。沿道ビラは吸い取られるように受け取られ、ビラをもらった女性が「安倍は許せない」と言ってデモに飛び入りする場面もありました。

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最後にみんなで「団結がんばろー!」

デモにはユニオンで解雇撤回を闘う労働者や星野絵画展の参加者、ビラや週刊誌の広告を見て参加した方など、地元や近隣の方が何人も参加してくれました。昔、結婚する前のお連れ合いと学生運動をやっていたという男性は「引退して時間もあるので色々と参加したい」と語ってくれました。
昨年に続く2度目の横田デモは、辺野古埋め立てと不屈に闘う沖縄と連帯する闘いになりました。同時に、安倍政権が改憲をもくろむ参議院選挙のただなかで、これと対決し、安倍への怒りを解き放っていく闘いとしてうち抜かれました。基地被害を許さず、労働組合を先頭に地元から改憲阻止・基地撤去の運動をつくるために闘います。
(改憲・戦争阻止!大行進 三多摩実行委員会 I)

星野さん追悼、獄死弾劾 7・5法務省デモに参加しました

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5月30日、無実の政治囚・星野文昭さんが亡くなりました。
星野さんは沖縄返還協定批准阻止の71年渋谷闘争を闘い、殺人罪をでっち上げられ、無実で獄中44年を強いられながら、生涯、不屈・非転向を貫いぬきました。
「人間が人間らしく生きられる社会の実現を」と訴え続けた星野さんの遺志を引き継ぎ、再審無罪への闘いが始まりました。

7月5日、星野さんの命を奪った法務省を怒りのデモで包囲する行動が行われ、平日にも関わらず320人が集まりました。私たち「無実の星野文昭さんを取り戻そう!東京北部の会」も休暇をとって駆け付けた労働者をはじめ参加しました。

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連れ合いの星野暁子さんが発言。
文昭さんの遺志を引き継いで再審請求人になると宣言し、「文昭が残してくれたすべてを生かしきり、人間が人間らしく生きる社会をつくるために頑張りましょう。無念を晴らすべく国家賠償請求訴訟に立ち上がり、第3次再審請求裁判に勝利しましょう」と訴えました。

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全員が喪章をつけてデモに出発。

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法務省前で青年がマイクをとってシュプレヒコール
「星野文昭さんを殺した責任を取れ!」「命を奪った法務省弾劾!」「国家犯罪を許さないぞ!」「星野精神を継承するぞ!」
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星野文昭さん追悼
獄死・国家犯罪を許すな!

7.26全国集会に集まりましょう!
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7月26日(金) 午後5時開場 午後6時開会
杉並公会堂・大ホール

東京都杉並区上荻1-23-15
電話03-3220-0410 JR中央線荻窪駅北口徒歩7分

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最後に、翌日の星野再審連絡会議総会での星野暁子さんの発言を紹介します。

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文昭の葬儀から1カ月、本当に長い時間が流れたように思います。私は星野文昭の無実を明らかにするための再審請求人になる者として、文昭が生涯をかけた、人間が人間らしく生きられる世の中を求める闘いの、すべてを引き継ぐ者として皆さんの前に立っています。
 星野精神の継承という時、それが何なのか、一緒に生きている文昭に問いかけながら考えています。一つは、人間に対する信頼です。文昭は人間の本質を他者との共同性と位置づけていました。私を心から信頼し、仲間を信頼し、労働者民衆が必ず立ち上がることを信じ、その確信が揺らぐことはありませんでした。
 二つは、人間解放のための準備を日々怠らなかったことです。革命家として生きたということです。まず学習です。その日のために自分を磨いておかなければならないと言っていました。大好きな絵も、その優先順序を変えようとはしませんでした。
 三つは他者への優しさです。そして、正しいと思ったことを率先して実行することです。言うべきことは、刑務所当局にはっきり言い、食事の配膳をする受刑者の負担を考えて、おかゆの申し出をなかなか決断しなかったぐらいでした。
 四つは、どんな仕事に対しても腐ることなく全力投球したことです。かばん作りの負担が文昭の肉体をむしばんだことを考えると本当に悔しいです。文昭の姿勢はいつもそうでした。
 この全体を貫いて沖縄への連帯があったことは言うまでもありません。
 これからやるべき闘いとして三つあります。一つは、国家賠償請求訴訟です。昨年8月、徳島刑務所で文昭が倒れた時、「胃けいれん」などとして1日休んだだけで翌日から仕事を強制されました。原因を追求する検査がなされていれば、もっと肝がんが小さいうちに、リスクの少ない治療ができたはずです。3月4日、エコー検査が行われましたが、結果は4月17日まで文昭に知らされませんでした。更生保護委員会には知らされたのか。仮釈放決定にかかわる問題です。そして4月18日に移監になった昭島の東日本成人矯正医療センターで11㌢×14㌢の巨大な肝がんを切除する手術は2名のみの執刀医で行われました。万全な態勢だったのか。術後の態勢はどうだったのか。国賠で文昭の無念を何としても晴らさなければなりません。
 二つは、殺人罪でっち上げを明らかにする第3次再審請求裁判です。申立人には私がなります。弟の修三さん、兄の治男さんも申立人になると言っています。大坂裁判を星野裁判の継続として闘い、その地平に立って、再審勝利を勝ち取りましょう。
 三つは、安倍政権打倒の闘いです。労働者民衆の怒りを欺いて、改憲・戦争の道を敷き詰めている時、私たちみんなが星野文昭になって闘うことは重要です。
 文昭がたった一人、無期懲役刑になり苦しんでいたころ、私は一緒に生きようと言って獄中結婚をしました。文昭は共に生きた33年の中で、そのことを片時も忘れませんでした。「もう一度生まれてきても、僕は暁子とみんなとの団結を生きる。後悔するものは何もない」。それが文昭が残した言葉なのです。
 文昭の精神は、手術前の最後の1日さえ意欲満々でした。生かしてやりたかったです。危篤になってからも、文昭は力を出し尽くして生き抜き、私と手を握りしめ、抱きしめあって、すべてを成し終えた安らかな顔で旅立ちました。
 文昭が残してくれたものは、くみきれないほど大きいです。200を超える絵も残っています。書簡集も作りたい。それを生かすのは私たちです。悲しみを乗り越えて、皆さん、頑張っていきましょう。
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「改憲・戦争阻止!大行進」運動(呼びかけ:西川重則(とめよう戦争への道!百万人署名運動事務局長)、花輪不二男(世田谷地区労顧問)、森川文人さん(憲法と人権の日弁連をめざす会)、動労千葉・関西生コン支部・港合同などの労働組合)の呼びかけに応え、東京北部地域(練馬区/板橋区/豊島区/文京区/北区)での実行委員会を結成し、活動しています。

◎呼びかけ人 五條敦(とめよう戦争への道!百万人署名運動・東京北部連絡会代表:板橋区)/岡田英顯(「君が代」被処分者:北区)/高橋浩(東京一般労組東京音楽大学分会長:豊島区)/一陽会労働組合(練馬区)/一般合同労働組合東京北部ユニオン(豊島区)/NAZENいけぶくろ(豊島区)/無実の星野文昭さんを取り戻そう!東京北部の会(板橋区)

◎連絡先
住所:〒171-0021東京都豊島区西池袋5-13-10-603 東京北部ユニオン気付  
TEL:03-6914-0487 
メール:tokyohokubu-daikoushin@yahoo.co.jp

◎地域運動体→
 つながろう!北区憲法トークCafe
 STOP!改憲ねりま懇談会
 NAZENいけぶくろ など
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