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5月1日、銀座の中央会館ホールで、5・1メーデー集会が行われました。
この集会は、安倍政権が新天皇即位と改元の大キャンペーンでメーデー潰しを狙うことに対して、動労千葉・関西生コン・港合同の3つの労働組合を中心に「改憲・戦争阻止!大行進」が主催して行われたものです。
当日の厳戒態勢を打ち破って「5月1日は労働者の闘いの日だ。天皇即位でメーデーをつぶすな!」の声が響き、815人の集会とデモが元気よく行われました。

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開会挨拶の世田谷地区労顧問花輪不二男さん
「労働者が解放を目指して立ち上がったメーデーの意義は生かされているか!? 8時間労働は踏みにじられている。職場地域で闘おう!」と力強く訴え。

東京過労死家族の会、中原のり子さんは「2030年まで医師には1860時間まで残業オッケーという法案が通ってしまった」と弾劾しました。
今も医師の過労死や過労自死が相次いでいます。でもまだまだ名前を出して声をあげる人は少ない。患者さんのためにと聖職者意識に陥ってはいけないと呼びかけたいと思います。

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杉並区議に見事当選したほらぐちともこさん、満場の拍手で登壇しました。
「今日付けで正式に杉並区議になりました。最初の仕事が闘うメーデーでの発言、そして天皇制粉砕のデモで光栄です。労働者民衆が生み出した議員として闘っていきます!」

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あおり運転問題などテレビ出演でおなじみの高山俊吉弁護士が5.1銀座メーデー集会で講演。
お母さんは戦前の労働争議に参加。ご自分も1946年の復活メーデーに小学生だが参加したそうです。
「その後戦後革命という言葉を知ったが、時代は変わったという労働者の力を感じた」
さらに「日本共産党の志位委員長は、今日の天皇即位を『祝う』と談話を出した。『ニセ左翼』とは誰のことか!?」と語気荒く訴えました。胸のすく思いでした。
すごくいい講演だったので、末尾に講演要旨を載せておきます。

また、「改憲・戦争阻止!教え子を再び戦場に送らない広島教職員100人声明」を実現した仲間からは、声明賛同は非公表含めて150人を超えたとのことです!
「教え子のために何もできてない」という無力感をはねのけて現場の力を甦らせたすばらしい教職員の運動。これがあれば改憲など絶対止められると確信しました。

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3ヶ月雇用の非正規でも組合作って闘える!解雇されても撤回させた!
東京西部ユニオン鈴コン分会長の善さん、「皆さんの支援、団結の力で勝ってこれた。組合拡大するぞ」とアピール。東京北部ユニオンも一緒に鈴コンがある浮間舟渡地域(北区と板橋区の間)で一緒に闘ってます!

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セブンイレブン本部社員の立場ながら労働組合作って闘う河野さんが「コンビニ関連ユニオンを全国に作ろう」とアピール。河野さんは、大阪府内のセブンイレブンで本社とたたかって時短営業を実施しているオーナーさんと連帯しています。5月23日には株主総会闘争に立ち上がります!

動労水戸の石井真一委員長がJR東日本の運転士・車掌廃止の攻撃は絶対に粉砕できると語り、被曝と帰還を強制する常磐線全線開通に反対して今秋全国集会を開催すると提起しました。

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動労千葉の田中康宏委員長は、天皇即位と改元でメーデーを圧殺し改憲・戦争への道を掃き清める攻撃を弾劾し、「労働者の地位、雇用、権利、賃金など支配の仕方が大転換しようとしている。改憲・戦争と労働者が置かれた現実は二つにして一つ。この状況に対して団結して声を上げる時代が来た」と提起した。6・9国鉄闘争全国集会をステップに秋の臨時国会、11月東京―ソウル国際共同行動に向かって「これまでと違うレベルの新しい闘いをつくろう」と呼びかけました。
6月9日は、上野水上音楽堂で集会です!

この集会にはロサンゼルス統一教組(UTLA)のアーリーン・イノウエさん、ATUローカル241(合同都市交通労組第241支部、シカゴ市バス)の執行委員から連帯メッセージが届きました。

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 集会後、皇居に向かった日比谷公園中幸門までのデモで「天皇いらない、安倍いらない、非正規職なくせ、今日はメーデー労働者の日」と元気なコールが都心に響きました。

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高山俊吉弁護士の講演要旨

追い込まれたのは安倍だ
 安倍政権による改憲と戦争に向けた政策が、すさまじい勢いで進められようとしている。この間、改憲の動きが後退したかのようにとらえる議論がありますが、それは間違いです。安倍政権は、今ここで改憲への道筋をつけなければ、もはやどうにもならないところに追い込まれているのです。
 天皇が3年前に「辞めたい」と言った。そもそも天皇は「辞めたい」と言っちゃいけないんです。天皇の代替わりは天皇が死んだ時以外にはない。現行憲法上はそうなっている。病気になろうがやる気がなくなろうがそのままでいる以外にないんです。安倍も最初は天皇の発言を聞いて「まずい」と思った。しかし後に、なんとかこの天皇代替わりを利用して、自分のもくろみを成功させる材料として使えないかと考えた。その結果、今日のメディアの状況があるわけです。
 昨日、タクシーに乗った時、運転手さんが「なんでしょうか、この騒ぎは」と言っていました。客商売というのは、相手が自分の話を受け入れるかどうか考えて話すものですが、この運転手さんが相手も選ばずそんな話を始めたのは、腹の底からの怒りがあるからでしょう。新聞やテレビのキャンペーンに対しても、「これでいいのか」と思っている人たちは非常に多い。
 ところが、日本共産党は「新天皇の即位に祝意を表する」と表明しました。多くの共産党の支持者は絶望したでしょう。小林多喜二は天皇制警察によって虐殺されたんですよ。それなのにどうしてそんなことが言えるのか。こういう政党に世の中を変えるだの、苦しい人たちの立場に立つだの、労働者の味方だのと語る資格があるのか。そしてこういう政党に安倍もまた期待をかけているのです。
 世界の労働運動史をひもとくと、必ず「左翼面」をした部分が戦争政策に協力し、崩れていくという歴史がある。しかし、これまでのそうした歴史と現在との違いは何か。このメーデー集会のような結集体があるということです。もくろみを許さない力がここにあるということです。

国境越え労働者が闘う日
 1886年、アメリカのシカゴでメーデーが始まりました。「8時間は仕事のために、8時間は休息のために、残りの8時間は好きなことをするために」というスローガンを掲げてシカゴの労働者が立ち上がり、全世界の労働者がそれに呼応しました。「労働者に国境はない。現実にあるのは搾取する者と搾取される者との闘いである。搾取される者が闘いに立ち上がれば世の中は変えることができる」----そういう思想が、国際的な労働運動として登場しました。
 日本でも1920年にメーデーが始まりました。労働者が決起するというは、当時の政府・官憲にとっては大変な事態だった。ロシア革命のような闘いが日本でも現実化すると感じ、ただちに弾圧した。だからメーデーの歴史は、弾圧との闘いの歴史です。そして「8時間労働制の実現」という要求だけでなく、戦争に反対する声もその中から出てきた。日本は当時、ロシア革命に干渉するためシベリアに出兵しましたが、これに対して「ただちに戦争をやめろ」という声が労働者から巻き起こった。このこともメーデーの歴史を見るときの大きな柱です。
 1936年の2・26事件で戒厳令が出され、45年までメーデーの歴史は途絶えます。そして戦後、46年の「復活メーデー」では皇居前広場には50万人が集まり、全国で250万人が立ち上がりました。長野県北部の小さな田舎町でもメーデーのデモが行われ、私も参加しました。「戦後革命」という言葉は後に知りましたが、本当に世の中が変わるということを子どもながらに感じたものです。
 その歴史を受け継いで今日のメーデーもある。労働者の闘いの日、そして労働者に国境はないことを身をもって示す闘いの日です。

資本主義の命脈は尽きた
 「メーデー歌」は鉄工所の労働者のストライキの中でつくられ、1922年に発表されました。こうした先達の命を賭けた闘いを引き継いで今日の闘いもある。私たちの闘いは必ず勝利する。資本による搾取が存在する以上、必ず搾取される者が闘いに立ち上がるからです。資本主義が永遠に続くかのように見せるためには、権力の側も余裕をもたなければいけません。「過激派のみなさんも自由にやってください」とでも言っていなければならない。しかし、もうそうは言っていられない。それは資本主義が本当に命脈尽き果てるところにきているからです。
 このことに確信をもって、私たちは今日のメーデーを闘い、そして厳しい条件の中から立ち上がろうとしている多くの仲間と深い連帯をもって、闘って闘って世の中を変えていこうではありませんか。